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乙女喫茶

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すき、きらい、すき


 放課後。
 一緒に帰ろうと約束していた祐一先輩を探して私は階段を駆け上がる。
 待ち合わせの場所は校門前、なのにそこに祐一先輩の姿がなくて
どうしてかな? 用事があって遅れてるのかな? って考えて
それからふっと、今日はこの時期にしては暖かく日差しも風も気持ちがいいってことに気がついた私は、こういう時に先輩がいそうな場所、屋上へやってきた。

「あ、いた――」

 少し荒い息を吐く、私の目線の先にはいつもの場所で眠っている先輩の姿。
 両腕を組んで目を閉じている先輩の寝顔を見ながら私は小さく笑う。

 予想通り。でもそれって、それだけ私が先輩のこと見てるってことだよね?
 そう考えたらなんだか照れくさくて、ちょっぴりニヤニヤしてしまう。

 ――ああ、本当に。

 先輩が眠っていてくれて本当に良かった。こんなニヤけた顔、祐一先輩には見せられないもん。
 
「……それにしても」

 穏やかな寝顔だなー、って眠る先輩を見て思う。
 出会った頃から祐一先輩は騒がしかろうと何だろうとお構い無しに眠ってしまう人だったから
寝顔そのものは見慣れているけれど。 
 鬼切丸をみんなで完全封印できてから、先輩の寝顔は以前とは比べ物にならないぐらい穏やかになった。

 祐一先輩は……変わった。
 あの頃から優しい人ではあったけれど、最近は目が合うとこちらが照れてしまうぐらいに優しく微笑んでくれるようになったし
二人で帰る時は、後ろを歩く私の手を何も言わずに取ってくれたりもする。
 先輩と一緒にいる時間、それは少し恥ずかしくてむずむずするけれど、心穏やかでいられて私はとても……。
 
 すき?きらい?すき?

 柔らかい陽の光が先輩の銀色の髪を照らして凄く綺麗。
 だから、素直に触れてみたい。って思った。
「少しだけならいいかな……」
 そう呟いて手を伸ばして――もう少しってところで「でもやっぱり」って手を止める。
 もし先輩が目を開けたら、私を見てどう思うだろう? そう考えたら怖くて、伸ばした手を引っ込めて。
「……あ、もうっ」
 途端に狙ったように優しく先輩の髪を風が撫でて、私の胸が嫉妬に疼いた。

 すき、きらい……。

「……先輩」

 ねえ、祐一先輩。先輩は私のこと……すき?

 わたしは――

「祐一先輩が……すき」

 勇気を出して囁いた言葉は、またも憎い風に攫われて、閉じた先輩の瞼は開かない。

 ほらね、やっぱりね。

 心の中で呟いて苦笑して、でもそれでもいいか、って思う。
 届かない想いなら無かったことでも構わない。気が強いって言われるけれど、本当の私はどうしようもない臆病者だ。
「……帰ろっと」
 起こすのは忍びなくて、私は祐一先輩に小さく手を振って背を向ける。
 一人で帰るのは寂しいけれど、たまにはそれもいいよねって自分に言い聞かせて。
「それじゃあ祐一先輩、また――え?」
 さようなら。って囁いて、踵を返した私の手首に突然かかった強い力。
 びっくりして固まって、止まった息をゆっくり吐いておそるおそる後ろを振り返ると
「せんぱ……」
 目線の先には、私を見上げる柔らかな瞳があった。
「――珠紀」
 じっと私を見つめる祐一先輩に、心臓が大きく反応する。どきどきどきと脈打って
 掴まれた手首が熱くなって頬に熱が溜まって行く。

 ずっと、私だけを見つめていて欲しい、触れて欲しい、でもやっぱり恥ずかしい。
 逃げ出したい気持ちとこのままでいて欲しい気持ち。

 感情がめちゃくちゃに絡まっておかしくなってしまいそうだ。

「あ、あのっ!」
「…………」
「ゆ、祐一先輩?」
 真っ赤になって慌てて、しどろもどろになってる私を見て、祐一先輩は声も出さずに笑ってる。
 あれ? ひょっとしてこれは遊ばれてる? って思ったけれど
柔らかな視線と未だ掴まれた手首から伝わる先輩の熱に、私は怒ることも抵抗することもできない。
「……珠紀」
 俯いた私の耳に、優しい声で私の名を呼ぶ先輩の声が響く。

――ああ、ダメだ、本当に頭がおかしくなっちゃいそう。

「はい……」
「返事、聞きたくはないか?」
「へ?」
「さっきの告白の返事だ」
「せ、せんぱ……あっ!」
 金縛りにあったみたいに動けないでいると、小さく笑った先輩は私の手首を強く引いた。
 突然かかった強い力に抵抗する間もなく私の身体は倒れるように傾いて……先輩の腕の中に落ちた。
「ゆ、祐一せんぱっ……!」
「珠紀。俺はおまえが――」
 捕らわれるようにぎゅっと、強く抱きしめられた私の耳元に、優しい先輩の声が落ちてくる。
 返事を聞くのは怖い。怖いけれど聞いてみたい。 

 祐一先輩。先輩は私のこと……。

 すき?きらい?


「……好きだ」

 
 耳たぶを軽く噛まれるように紡がれた言葉が信じられないくらい嬉しくて
私は先輩に抱きしめられたまま大きな声で泣いた。 

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