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乙女喫茶

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クリスマスの子羊さん


 赤鼻のトナカイ
 サンタクロース
 クリスマスツリー
 赤いマフラーの雪だるま
 お星さま、と…
 それからそれから。

 今日はクリスマス。3人でパーティをしようってことでわたしたちはwest beachに集まって
とてもささやかだけどクリスマスのお祝いをした。

 クリスマスケーキは金銭的な問題その他諸々の理由で買えなくて、代わりにホットケーキを重ねたものになっちゃったし
 おうちの中は隙間風がびゅうびゅう入ってくるから寒くて震えちゃったけど
 コウくんルカくんと一緒に過ごすクリスマスは、凄く凄く楽しかった。
 
 ここ最近、バイトが忙しかったらしいコウくんが、パーティも一段落ってところで気を抜いてついウッカリ寝てしまうまでは。だけど
 



 クリスマスの子羊さん



「あんの…バカルカ」
「まぁまぁ」

 もはやコレは芸術なんじゃないか?って思えるぐらいに細かくびっちりとクリスマスっぽい絵を顔に描かれたコウくんが
盛大なため息を吐き出して散らかったテーブルを片付けている。
 騒ぎを起こした琉夏くんはとっくの昔に逃走して、わたしはさすが琉夏くん逃げ足早いなぁと関心しながら
ぶつぶつ文句を言って片付け続けるコウくんを大変だったねって手伝って、ついさっき起きた出来事を思い出しふふふっと笑った。

 実はわたし、うたた寝しているコウくんの顔に琉夏くんが芸術的な落書きを施していることに気がついていたけど黙ってた。
 注意すべき?って少し考えて、バレたらわたしも一緒になって怒られるのかな?とも思ったけど
怖さよりも自分の顔を見たコウくんがどんな反応をするのか?って好奇心の方が強くて起こせなかった。

 だってさ「共犯だよ」って悪戯っ子の目をして笑う琉夏くんには逆らえないし
「ムスッとした顔よりは面白いでしょ」という言葉に、わたしも「確かに」って思っちゃったんだもん。

「オイ、何笑ってんだ。オマエ」
「な、なんでも?あっ」

 楽しそうにコウくんの顔に落書きをしてゆく琉夏くんと、されているコウくんの姿を思い出して笑っていたら
疑ってるぞ?って感じのジットリ目でこっちを見ていたコウくんから、頭を肘で軽く小突かれてしまった。

「痛いよもうっ!」
「嘘つけ、バーカ」

 本当は大して痛くなかったけど、思いっきり口を尖らせて拗ねて見せたら
なんて顔してんだってコウくんに笑われて、少し意地っ張りなわたしはムッとなったけれど
何故か気持ちとは反対に口の端は勝手に上がってしまい、慌てたわたしはそれを見せないように両手で顔を押さえ
誤魔化すように「知らないっ」とそっぽを向いた。

 意地悪なことを言われてもされても、悔しいことに最後にわたしは必ずコウくんの笑顔に負けてしまう。
 何故なら彼がわたしに向けてくれる笑顔は優しくて、わたしだけが知ってる顔だからだ。

「あー、悪ぃ、今日」
「ん?」

 どうだ、羨ましいでしょ?なんて、ほんの少し知らない誰かに対して優越感に浸ったところでいきなりコウくんに謝られ
びっくりしたわたしは思わず彼を見上げて首を傾げる。

 今日は特に失敗したことも心配することも無かった、なのに何でコウくんはわたしに謝ってるんだろ?

 全く意味が分からないよ?という気持ちで彼を見つめるとわたしの思ってることに気付いてくれたのかコウくんが
凄く言い辛そうな顔で「クリスマスイルミネーション」と呟いた。

「ああっ!それ?」
「行きたかったんだろ?オマエ」
「うん、まぁ確かに行きたかったけど。でもね、いいんだよ、今日スッゴク楽しかったから。
 イベントはさ、来年もきっとあるだろうし。あ、そうだ、来年!来年行こうよコウくんっ」

 本当は結構行きたいな、と思ってた。けどここで3人、クリスマスを過ごして楽しかったのもホントだから
 全然気にしなくていいんだよ?ってコウくんを見上げてニッコリ笑ってみせる。
 すると何故だかコウくんはびっくりしたような顔でわたしを見て、それから複雑そうな顔で「ああ」って頷いた。

 はてさて、わたしはまた何かおかしなことを言ったのだろうか?

 そう思って自分の言ったことを思い出してみるけれど、どこにもおかしなところは思い当たらなくて。
 しかもなんだかコウくん顔が赤いような気がするんだけど…うーん、これは気のせいかな?

「さて、後はこれを片付けたら終わりだね」
「ああ、悪ぃ。助かった」

 洗いもんは琉夏のバカに任しておけばいいからよって言うコウくんに素直に頷いて、わたしは休憩する為にカウンター前のイスに座り
「お疲れ」って言葉と一緒に差し出されたコーヒーを受け取った。

 きっと、このコーヒーを飲み終えたらコウくんに「送ってくから用意しろ」って言われるんだろうな。
 時間ももう遅い、だから帰るのは当たり前なんだけど、考えちゃうとどうしても寂しくなってしまう。
 
 本音はもっと一緒にコウくんといたい。

 けどそんなこと言えるわけなくて、わたしは心の中の気持ちを押し込めるようにマグカップに口をつけて熱いコーヒーを一口啜った。

「……」
「……」

 不自然に空いた間。
 それが何故だか凄く寂しくて、わたしは慌てて周りに目を凝らす。

「あれ?」
「ん?どうした」
「ほら、これ」
「……ああ」

 すると目線の先、長いソファの端にちょこんと座っている小さな赤い箱を見つけて
 あ、そういえば琉夏くんが逃走する前ここに置いて行ったっけ。
 そんなことをふっと思い出してわたしは小箱を持ち上げると、コウくんにそれを手渡した。
 
「これなぁ、どうせロクなもんじゃねぇだろ」
「そうかな?」

 琉夏のことだから悪戯目的なんだろうよって苦い顔してコウくんが乱暴に箱の包装紙を剥がしだす。
 表にはマジックの太い方ででかでかと「プレゼントです★琉夏より」なんて書いてあって、確かに見た目は凄く怪しい。
 でも折角の琉夏くんからのプレゼントなんだからもうちょっと優しく箱を開けたらいいのにな。
 なんて思うけど、きっとそう言ってみたところでめんどくせぇ、なんて返事が返ってくるんだろう。 

「ねぇねぇ、中に何が入ってるの?」
「ああ、ちょっと待……げっ」
「げ?」
「……」

 箱の中を覗いた途端、声を詰まらせて絶句するコウくんを不思議に思って
「なに?やっぱり悪戯だった?」と言いながら箱の中身を覗こうとコウくんの方へ身を乗り出す。
 
「バ、バカッ!オマエは見んなっ!!」
「はっ?いきなりなに?酷いっ!」

 するといきなり大きな手の平に視界を遮られ、耳には焦ったコウくんの声が聞こえてきた。
 グイグイと遠ざけるように押してくる彼の手のひらに少しムッとして、わたしは両手でコウくんの腕を掴んで引き剥がす。
 
「うわっ!バカっ!!」

 と、突然の抵抗に驚いたのかバランスを崩したコウくんの、その隙を狙ってわたしは素早く彼の手元にあった小箱を掠め取り
それを抱えたまま勢いよくイスから飛び降りると、コウくんの手の届かない位置まで急いで逃げ出した。
 
 ハァハァ…。

 咄嗟のダッシュと緊張にちょっとだけ息を切らし、けれどその間もコウくんとの間合いを計るため意識を集中して
威嚇するみたいに彼を見つめながら箱の中へ自分の手を突っ込む。

 手の感覚だけを頼りに中身をゴソゴソかき回す。
 するとと手にちくちくと何かが刺さる感触があって、わたしは「ん?」と首を傾げた。

 中にはどうやら個別にパックしてあるものらしいものが幾つか入っていて、わたしの手を刺しているのはどうやらその側面部分。
 で、その一個一個が何が入ってるの?って思うぐらいに凄く薄くて、でもペラペラしているわけでもなく
なんというか、真ん中あたりに違和感というか特徴のある形の何かが入っているような感触があって……

(はて、これはなんだろう?)

 触っただけじゃ中身が何なのか見当も付かなかったわたしは、目線をコウくんに向けたまま
箱の中の物を一つ掴むと、彼に見せるようにそれを前に突き出した。 

「コウくんこれっ……うわぁぁぁ!!」
「ああ、まあ……ああ」

 自分の手にある物体を直接目で確認して絶句する。 
 目の前にいるコウくんは何といったらいいのか分からないって顔をしていて…頭が真っ白になったわたしは
どうしようもなくただ金魚みたいに口をパクパク動かした。

「…………」
「…………」

 一瞬にしてさっきとはまた違う気まずさに固まる空気。
 
 うう、沈黙が痛い。

 て、手に持ってるコレ、放り投げるわけにもいかないしどうしたらいいんだろ。
 流石に何事も無かったみたいに箱にしまって笑うわけにもいかないし……。
 というか一体なんだって琉夏くんってばこんなものをプレゼントに─

「…オイッ」
「へっ!?えっ!!うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「わっバカッ、そんなデケェ声だしてんじゃねぇ」

 気が付けばいつの間にかコウくんがすぐ傍まで来ていて、近さに驚いて思わず叫び声をあげてしまったわたしは
「ビックリするだろうが」と非難めいた声でコウくんに怒られ、大きな手で口を押さえられてしまった。

「ふ、ふみまふぇんでした」

 彼の手の中で、もごもごと口を動かして謝ってみるけど、普通は驚くよね?って思う。
 だっていきなりの至近距離だしこのタイミングなんだもん。

 気持ちを訴えるようにコウくんを見上げてみる。けれど分かってないのかお構いなしなのか
コウくんはいつものぎゅぎゅっと眉間にシワを寄せた不機嫌そうな顔でわたしを睨むと口から手を離し、ハァと大きな息を吐き出した。

「……ホラよ」
「ん?何コレ」
「琉夏からの手紙だ」
「へ?あ、うん」

 箱の中に入ってたんだと、ムスっとした顔のままわたしの目の前でひらひらと小さな紙を揺らすコウくんの手から
引っ張るように紙を受け取って、書かれてある文字を読んでみる。

(なになに…?

『コウが怖いので今夜は帰りません。 美奈子ちゃん、コウをよろしく。
二人で仲良くイチャイチャして機嫌直しておいて♪
可愛い弟琉夏より。』

ハァ!?って!なんでそうなるのーーーーー!!!)

 驚き過ぎて声がでない、というか何を言えばいいのかさえさっぱり分からない。
 一体琉夏くんはわたしにどうしろと……まさか。
 いやいやいや、ないないない。
 いくら今日がクリスマスだからってそりゃないでしょ?ないようん。
 確かにわたし、コウくんともっと一緒にいたいとは思ったけどさ
考えていたのはもっとこう、フンワリとしたプラトニックな感じでって意味で…いや、だからって何も無いってのもヤダけど。
 そ、そりゃね?キ、キスぐらいはあったらいいなって確かに思ったよ?思ったけどでもいきなりこんな激しいのじゃなくて…って

 激しい?激しいって何?激しいって!ヤダもうわたしってばなに考えてんのっ!

(琉夏くんのばかぁ~)

「で、どうするよ」
「ど、どうするってそんなっ!!」

 混乱するわたしを見下ろして、ニヤリ。と笑ったコウくんの顔に頬を引き攣らせてわたしは一歩後ずさる。

 琉夏くんの手紙、そして箱の中とわたしの手の中にある琉夏くんのプレゼント。
 これは、どう考えたって辿り着く答えは一つしか無いけれど……

「… 美奈子」

 掠れたような声でコウくんに名前を呼ばれてビクッと身体が震える。
 恐る恐る見上げた彼の目は何とも言えない色をしていて、わたしは得体の知れない
というより分かっているんだろうけど認めたくない危機感に、思わず目線をあちこちにさ迷わせながら
コウくんから逃げるように、更に足を後ろに一歩踏み出した。
 
「さ、さぁっ!無事片付けも終わったことだし!」

 わざと明るく大きな声を出して、顔は…スッカリ引き攣ってしまっているけどそれでも何とか笑顔を作って
わたしはじりじりと後ろへ下がりながらコウくんを見上げる。

「ね?もうね、遅いからね、か、帰ろうかなぁって……えへ」

 来年もいい子でいます。だからこの狼から助けてくださいサンタさん…。

 そんなわたしの心の中の願いも虚しく、半歩下がれば半歩分、一歩下がれば一歩分コウくんが迫ってくる。
 それを何度か繰り返してゆくうちに、気が付けばわたしは自分自身で後ろの壁に身体を押し付けていたことに気が付いた。

 背後は壁、後がない。ということはこれは……

「ま、待って!話せば分かる!!」
「オマエ、今日は泊まりな」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇー!!」

 何とも言えない笑顔でコウくんに囁かれ、慌ててる間に抱えあげられてわたしは逃げるように手足をばたつかせる。

 一緒にいられるのは嬉しいけどいきなりすぎるよ!

そう言ってコウくんの身体を叩いてみるけど、ニヤッと笑うコウくんには全く効かないみたいでビクともしない。

「ま、無駄な抵抗はしないこった」
「ううっ……」

 正直、お姫様だっこは魅力的だし嬉しい。けどこれから先、起こることを考えたら無邪気に喜べない。
 だってきっと、すぐにお姫様扱いされなくなるのは目に見えてるし。
 
「たっぷり可愛がってやるよ、
美奈子。なんせクリスマスだからな」
「……いえ、手加減してください」

 関係ないよ、コウくんの可愛がりとクリスマスは関係ないよ。
 それに、コウくんの可愛がり方はわたしが考えてるのと全然違うんだよ。
 
 そう言いたくなる気持ちをぐっと堪えてわたしはじっとコウくんを見つめる。
 どうせ頑張って言ってみたところで目の前の狼が喜ぶだけだから。

(うーん。でもまぁ、これもアリ…かな?)

 クリスマスだもん、ちょっと考えていたこととは違うけど一緒にいられるんだから良かったってことにしよう。
 どうせ逃げられないのならと心の中で覚悟を決めて、わたしは逞しい彼の首に自分の腕を絡ませた。

「あ、でもその前に顔は洗おうよ」
「あぁ?そうだったな。じゃぁオマエをベッドに運んだら洗ってくるべえ」

 顔に描かれてある落書きの一つを突付いて呟くと、思い出したような顔でコウくんが頷いた。
 ふぅん、わたしを運ぶのが最優先なんだ。せっかちなのかのんびりやなのか良く分からないコウくんの言葉がおかしくて
思わず笑ってしまう。

「何笑ってんだ?別に俺はこのままでもいいけどよ。オマエ変わった趣味してんな」
「むっ、そんなのないもん。ばか」
「てめぇ、上等だコラ」

 後で覚えてろよ。そう言って階段を登る速度を速めたコウくんに抵抗するようにわたしは足をばたつかせる。
 あ~れ~やめてぇ~なんて言いながら笑ってコウくんにぎゅっと抱きついて、あ、なんだか幸せかも?と思っていたら
わたしの顔を見て何を思ったのか、コウくんは意地悪そうな顔でわたしを見つめて言った。

「琉夏のプレゼント、全部使い終わるまで寝かさねぇから覚悟しとけよ?」

 ……。
 
 わたし、明日無事に起きられるのかな。

 
 








クリスマスの予定は特にありません。というかコレ書いてましたよメリーだね
2010.12.25 アキラ28号

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