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乙女喫茶

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2012設楽先輩誕生日&バレンタイン

「設楽先輩、遅いなぁ・・・」

 休日、待ち時間がとっくに過ぎても未だ姿を見せない設楽先輩を待ちながら、わたしは目の高さより大分高い時計を見上げてため息を吐いた。
 先輩が遅れて来るのはある意味恒例行事みたいなものだから正直あまり気にならない。
 それよりなによりわたしがさっきから気になってるのはここ、待ち合わせ場所である駅前広場の変わりようだ。

「だよね、もう2月なんだもんね」

 いつもはどちらかというと地味な駅前なのに、驚くほどわたしの周りはぐるっと一周、ピンクやハートのオブジェで埋め尽くされている。

─ああ、ヴァレンタインかぁ。

 頭の中で呟いてもう一つため息。そう、もうすぐヴァレンタインがやってくる。でもって、ヴァレンタインが近いってことは設楽先輩の誕生日も近いってことで。

「ああもう、どうしようっ」

 当然、ヴァレンタインチョコも誕生日プレゼントも両方渡すつもりではいるけれど
何を渡そうか、いつどのタイミングで渡そうか、なんてグダグダ悩んでいたらどんどんどんどん日にちが過ぎちゃって
気が付けば何も用意できないまま2月がきてた。

「チョコは手作りするとして、問題は誕生日プレゼントなんだよね」

 先輩はとてもお金持ちだ。欲しいものは何でも持っているし簡単に買えるだろう。
 だからお金をかけた豪華な品物より、自分の気持ちを精一杯込めたプレゼントをしたいって思う。
 無理して高いものを買ったとしても『庶民のクセに生意気な』って呆れられて終わっちゃう気がするし。

 でーもなぁ…。

「手作りのプレゼント。って感じでもないし…」
 
 付き合っているのなら手作りでも問題ないかもしれない。
恋愛的なことは経験の少ないわたしには良く分からないけれど、その…気に入られてる方だとは、思う。
 けど、休日にこうやって誘ったり誘われたりして色々な所におでかけしていてもわたしの休日の予定ほとんどが設楽先輩の名前で埋め尽くされていても
わたしは一度も設楽先輩から『そういう意味』での誘い方をされたことも言葉を貰ったことさえなくて
わたし達の関係は『恋人同士』ではなく単に『仲の良い先輩と後輩』でしかない。
 
 わたしは…正直に言っちゃうと先輩のことが好き。先輩後輩って意味じゃなく、好き。
 怒りっぽいし意地悪だし捻くれちゃってるし文句ばっかり言うし、ホントどうしてこの人を好きになっちゃったんだろう?って不思議に思うけど

「オマケに口もすごーっく悪いし待ち合わせ時間守ってくれないし…」

 良いことより悪いことの方がたくさん思いついちゃうのに、わたしは何故か設楽先輩のことが好きだ。
 でもまあ、なんだかんだ言って優しいし、ピアノを弾く姿も格好良かったりするし、何て言うかな、恋に理由は無いって言うか…

「まぁ『何とかの弱み』ってヤツな…ね。ってヤダもう何言ってるんだろ」

「…ハァ?何の弱みだよ」
「え?うわっ!せ、せ、せんぱいっ!!」

 ふふっ。って、自分で自分の言葉に照れ笑いしていると背後からいきなり慣れた、というか待ち人の声が吐く息も聞こえそうな程近くから聞こえてきて
瞬間わたしは変な声をあげ、得体の知れない寒気に身体をぶるっと震わせた。

「お…はようございます、設楽先輩。いつからそこに?」

 恐る恐る振り返ると案の定すぐ後ろに先輩の不機嫌そうな顔があって、その顔を見た途端、わたしは再び変な声がでそうになったけれど
それを必死に抑えて気を抜くと引き攣りそうになる顔に気合をいれ、ニッコリと微笑んだ。

「いつから?そうだな『ああもうどうしよう』ぐらいからだな」
「へ、へぇ。それって思いっきり最初の方ですよね」
「おまえがそう言うのならそうなのかもな」
「……。あの、どうして声をかけてくれなかったのでしょう?」
「かけただろ、今」
「いえ、今じゃなく…来て直ぐに。という意味なんですけど」
「ああ、何やら変な顔をしながらぶつぶつ呟いているから儀式の最中なのかと。邪魔するのも悪いと思って声をかけるのを遠慮していたんだが…」

─声、かけた方が良かったのか?

 ニヤリ。って音がしちゃうんじゃないかってぐらいに綺麗に唇を歪ませて微笑む設楽先輩の姿に
堪えきれず笑顔を作っていたわたしの頬がヒクリと引き攣る。
 怖い、この笑顔凄く怖い。
 そう思った時にはわたしは自覚ないまま半歩後図さり、勢いよく頭を下げていた。

「め、めっそうもないっ!お気遣い、心に染みますっ」
「…ふんっ」

 地面をじっと見つめながら思う。
 ああ、わたしってばどうして先輩の気配に気が付かなかったんだろう?って。
 独り言、ほとんど全部聞かれちゃってるよ……。

 後悔先に立たず。
 毎回ことが起こってから思い出すこの言葉を今日もこのタイミングで思い出してガックリと肩を落す。
 ナイショに、全部ナイショで進めたかったのに…プレゼントしようと思ってたことも、未だにそれを用意できてないことも、バレちゃったよね。
 困ったなあ、機嫌損ねちゃったかなぁ?そう思いながらコッソリ盗み見た先輩は案の定不機嫌そうで、ますます困ってしまう。

 ここはいっそ、ご機嫌伺いついでに何が欲しいか本人に尋ねてみるべき?って、一瞬考えてみたけれど
きっと「自分で考えろ」って言われちゃうんだろうな、とそんな場面をリアルに想像して苦笑する。

「あの…ですね、先輩」
「無駄なんだよ、おまえ」
「…へ?」

 え?なにが??
 今までの会話と全く繋がらない先輩の言葉にわけが全く分からなくて、ぽかんと口を開け、とんでもなく間抜けな顔(多分)で設楽先輩を見上ると
じっと睨みつけるような、でもちょっと拗ねてるような、よく分からない顔をした先輩と目があった。

「なんて顔してるんだよ」
「いや…だって先輩が分からないことを言うから」
「分からない?何で分からないんだよ」
「…この流れでどうやって分かれって言うんですか?」

 わたしエスパーじゃないんですけど?なんてついつい言ってしまったら、案の定設楽先輩はますます口を尖らせてしまった。
 ああ、何してるのわたし。さっき後悔について反省したばかりなのにって自分の学習能力の無さと間抜けさに呆れていると
何故だか先輩はそんなわたしに嫌味を言うことも怒ることもなく優しくぽんっと頭に手をのせ、ゆっくりと撫でてくれた。

「先輩?」
「なんでもいいんだよ。別に、……おまえがくれるものなら」
「・・・・え?」
 
 突然聞こえてきた先輩の言葉。声は変わらずぶっきらぼうで口も拗ねたように尖ってるのに、わたしの目の前にいる先輩の顔は
さっきとは全然違って…真っ赤だ。

「あの、先輩、今…」
「なんだよ、何も言ってないからな」
「で、でも今…」

─凄く嬉しいことを言ってくれてたような…。

「うるさいっ」

 言いかけた言葉を封じるように怒ったような声をだしてフンッって先輩はそっぽを向いてしまったけれど
でもね先輩、横を向いた先輩の耳も真っ赤になってるよ。

─でも、ちょっと残念だったな。

 先輩の声は掠れるぐらいに小さくて肝心な所がよく聞こえなかった。
 だけどどうしよう、それでもわたし、凄く凄く嬉しいかもしれない。

「ふふっ」
「…なんで笑うんだよ」
「え?笑ってますか?わたし」
「笑ってる、腹が立つから今すぐ引っ込めろ」
「ええええ!?」

 それは流石に無理ですよ、っていうか横暴です意地悪です。
そんなことを口を尖らせて言ってたら凄くムッとした顔をされておでこを弾かれてしまった。
 でも不思議とおでこは全然痛くないし、わたしのおでこを弾いた先輩の手は、何故だか元へ戻らずそのままゆっくりと下へ降りて
そこにあったわたしの手をぎゅっと、ちょっぴり強く、だけど優しく握りしめた。

「…さっさと行くぞ。トロイんだよ、おまえ」
「は、はい」
 
 あれ、先輩。言ってることとやっていることが違ってますよ?
つい意地悪で言ってしまいたくなる余計な言葉をぐっと飲み込んで、繋がれた手に目線を落す。
と、そこには大きくて優しい、綺麗で大好きな人の手があった。

「設楽先輩、あのね」
「ん?」
「…なんでもないです」
「なんだよ、それ」

 いつも通り不機嫌そうな声だけど、振り返った顔が、わたしを見る瞳が優しいから
ちょっとだけわたし、自惚れちゃってもいいのかなぁ?なんて勘違いしそうになってしまいそうになる。

「期待しないで待っててくださいね」
「ああ、分かってる、最初から期待してない」
「……。先輩すこしは社交辞令を覚えたほうがいいと思います」
「そういう言葉を期待しているのか?残念だったな、そういうのは必要な場所でしか使わない」
「今は必要じゃないって言うことですか?」

「必要無いだろ、おまえに。気の置けない相手だって言ってるんだよ」

 売り言葉に買い言葉。後悔するより先にむっとして頬を膨らませたら、ニッと笑った先輩に「ばーか」とまたおでこを弾かれてしまった。

「…もう」
「なんだよ。痛くないだろ、さっきより弱いんだから」

 言われたこととか先輩の笑顔にとても照れてしまったのでそれを誤魔化すように
わざと拗ねた感じで呟いてみたけれど

「あ、おまえっ!」

 先輩よりも赤くなってしまった顔はどうしても誤魔化しきれなくて
わたしは勢いよく先輩の一歩前へ踏み出すと繋いだ手が離れないよう、強引に指を絡めてずんずん歩いた。




2012.2.14
間に合った…のだろうか。1年ちょっとぶりのSSでした。ありがとう

 

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