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乙女喫茶

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王子様なイタズラ天使

 
「悪戯してくれなきゃ悪戯するぞ?」
「?」
「ハロウィンっていいよね。うん」

 ……へ?
 
 突然おかしな台詞を呟いて、一人頷いている琉夏くんを見上げわたしは「はて?」と首を傾げる。

 悪戯に悪戯って…。まさかそんな、ありえないでしょ?そう思って隣の彼をチラリと横目で盗み見てみれば
前を向いたままニヤニヤしている琉夏くんの姿が目の端っこに見えて
ああ、これは聞き間違えでも何でもなく、ワザとなんだな、ってことに気がついた。 

「ねえ琉夏くん。ハロウィンは『お菓子くれなきゃ悪戯するぞ』だよ?」
「ん?まあね。でもほら、それだと面白くないでしょ」

 いや、面白いとか面白くないとか関係ないと思うんだけど……。
 
 『ハロウィンはヨーロッパを起源とする民族行事で
カトリックの諸聖人の日(万聖節)の前晩(10月31日)に行われる。
諸聖人の日の旧称"All Hallows"のeve(前夜祭)~』

 この前ネットのどこかで読んだハロウィンについての記事を頭の中でなんとなく繰り返してうーんと唸る。
 そっか、琉夏くんにかかれば西洋の大切な儀式もただの『悪戯できる楽しい日』になっちゃうんだ。
 
 別にそれが悪いとは言えないけどさ、だいたい日本人でハロウィンが何なのかってちゃんと分かってる人はあまり多くないと思うし
わたしだってあの記事を読むまでは子供たちが各家を回ってお菓子を貰う日みたいなものだって思ってたもん。

 だから琉夏くんが間違った解釈だとしてもハロウィンを楽しむのはいいと思う。
 わたしだって折角楽しそうにしているのにここで本来ハロウィンが何であるかなんて
事細かに説明するような無粋なことはしたくない。

 (なんだけどね~)

 ただそうなると問題が一つあって、彼が『何かで楽しむ時』は確実に『誰か』がその犠牲になってしまうってこと。
 今年のエイプリールフールなんて琉夏くんがついた嘘でコウくんが振り回されてボロボロになってたし…。

 パッと思いつくだけでも片手を軽く超える無謀さと悪行と暴走の数々と、最後には泣きそうになっていたコウくんの顔を思い出してわたしは
背中を冷たい何かに撫でられたように、ぶるっと体を震わせた。

  ひょっとして、今回の標的はわたしかなぁ。
  ああ、コウくんの気持ち分かりたくないのに分かる気がするよ…。

 予感というより確信に近い感覚に心が挫けかける。
 ああ、でもダメダメ。気持ちだけはしっかりしなきゃ

 そう思って慌てて気合を入れてみたけれど、心の奥から次々と湧いてくる嫌な感じは何処にも行ってくれなくて
 でもなんとかそれを振り払おうと精一杯の笑顔を作って琉夏くんを見上げてみたけれど

「な、なんで選択肢が悪戯するかされるかなのかな?」
「だってオマエにして欲しいし、悪戯。あ、するのも好きだけどね」
「えっ」

 最高の笑顔で悪夢の始まりのような言葉を告げられてわたしは
わたしの中にある小さな希望や努力の全てが粉々に打ち砕かれてゆくのを感じた。

「 美奈子」
「なによぅ」

 こうなったら自棄だと考えることを放棄して、遠くをみつめるわたしの目を
遮るようにねえ?とわたしを見下ろす琉夏くんが映る。

 風にキラキラ光る綺麗な髪をなびかせて、王子様みたいに優しく笑う琉夏くん。
 ああなんて格好よくて素敵なんだろうと素直に思うのに

 それなのに。

 彼の口から紡ぎされた言葉が悪戯して?だなんて…、アナタがそんな特殊な趣味をお持ちだなんて知らなかったよ、わたし。

「……待て。あのさ、言っとくけどオマエ限定だから」  
「えっ!」

 一言も口に出していないのに、突然の鋭い突っ込みと共にジロリと睨まれて
わたしはさっきとはまた別の寒気を感じてぶるっと体を震わせる。

 な、なんで。どうして考えてたことがバレちゃったんだろう?
 ひょっとして琉夏くんって、特殊な趣味と共に特殊能力まで持ってたの?

「俺、 美奈子のことなら顔を見ただけで分かるよ?」
「そ、そうなの!?」
 
 だってオマエのヒーローだからね?なんて言って、格好良いでしょ?と綺麗なウィンクを投げてきた琉夏くんに
なんだか妙に照れてしまってわたしは慌てて下を向く。

 格好いい。うん、確かに格好いい。
 いつもだったら顔、真っ赤になってたと思うよ。
 ううん、顔だけじゃなくてきっと耳も手も足も全身真っ赤になってたんじゃないかな。

 だってさ

 オマエ限定だから。
 オマエのヒーローだからね。

 琉夏くんにそんなことを言われて嬉しくない子はいないもん。
 わたしだってね、嬉しいの。本当、凄く凄く嬉しいんだけど…。

「それでさ、悪戯しちゃう?それともされちゃう?」
「うっ……」

 喜びを噛み締める暇も与えてもらえないまま、俯いたわたしの目線の先に究極の選択を迫りながらじりじり近づいてくる彼の足が見えるから
わたしは捕まらないように少しでも琉夏くんから離れなきゃと、慌てて後ろに一歩足を伸ばした。

 一度でも捕まったら逃げられない。拒否権なんて勿論…

「あの、ちなみにどっちも無し。はアリで…」
「ん、無し」
「やっぱり……」

 覚悟はしていたけれど、はっきりとそう言われるとやっぱり焦るというか困惑するというか。
 このままどちらも選択せずに隙をついて逃げ出す、って手もあるんだろうけど
それをしちゃったら更に凄いことされそうな気もする…というかされちゃうのは明らかで。

 あの日、今のわたしと同じように琉夏くんから究極の選択を迫られたコウくんも
理不尽な要求にキレてそれから、どちらも選ばず力ずくで琉夏くんを引き剥がして逃走したんだけど
そのあと口では説明するのも憚れるような酷い目にあってた。

 って、ハァ…なんでこんな時に余計なこと思い出すかな。

 余計に焦ってしまうから、こんな時にそんなことを思い出しちゃダメだと自分に何度も言い聞かせてみるけれど
でもそうすればする程、頭の中をあの出来事が勝手に頭の中を駆け巡って…

(無理ムリ、コウくんみたいに朝起きたら両生類や爬虫類と添い寝してました。なんて絶対ムリ~!)
 
「 美奈子?」
「え?あっ…わわっ」

 コウくんの身に起きた数々の悲惨な出来事全てを思い出し、身震いしたところで
気がつけばいつの間にかわたしと琉夏くんとの距離が、さっきとは比べ物にならないぐらい縮まっていることに気がついた。
 
 他のこと考えてたでしょ?余裕だね。と意地悪な瞳で笑う琉夏くんが憎らしくて
抵抗するつもりで頬を膨らませ思いっきり口を尖らせてみる。

 けれどどうやらそれは全く逆効果だったようで、益々嬉しそうに目を細めた彼に
タコみたいだ、可愛い。と全く褒め言葉になってないような台詞を吐かれ
同時に両手でガッチリ顔を挟まれて、わたしは全く身動きがとれなくなってしまった。
 
 お互いの鼻がぶつかりそうになるぐらい近づいた琉夏くんと目があって「どっち?」と囁かれる。

 瞳なんかもう近づきすぎてぼんやり見えちゃうし
 琉夏くんが息をする度、吐息がわたしの肌を撫でるみたいにさわさわとあたって鳥肌が立ちそう。

 オマケにこんなに優しい声で意地悪を言われて…

 ああもうなんだこれ、こんな酷い誘惑があってたまるか。って思う

「これじゃぁもう、悪戯されてるのと同じだよ」
「あれ、そう?」
「そうだよ」

 酷く嬉しそうな彼に、悪戯なんて軽く通り越してこれは拷問だと思うんですけど?とじろっと睨んでみれば
何を感じたのか、琉夏くんは一瞬驚いたように目をまん丸にした後、一気に細めてニッコリ微笑んだ。

「それはそれは、光栄です。ジュリエット」
「なんでそうなるの。それにそんな台詞はありませんことよ?ロミオ」
「そうであったかな?」
「そうでございます。って、キャラ変わってるし」 
「…ぷっ」
「…ふふっ」

 打ち合わせしたわけでもないのに、お互いほぼ同時に吹き出して
途端に、さっきまでここにあったハズの緊張と甘い空気が一気に散らばってゆく。

 それを、ほんのちょっぴり勿体ない。と思いつつも、これで良かったんだよって心の中で頷いた。

 だって、こんなのやっぱり理不尽だもの。
 
 あ、でもそれは悪戯するかされるかってことに対してではなく

 どうせ選ばなきゃならないんだったら言わされるんじゃなくて自分の意思で選びたい。
 だってさ、自分ばっかりが動揺させられてるってなんだか癪だし。

「よし、決めた。思いついたよ、琉夏くん」

 悪戯します、わたし。

 お互いに思う存分笑いあって、相変わらず近い距離にある琉夏くんのおでこに自分のおでこをくっつけて
ニッコリ笑いながらこう告げる。

「へぇ、じゃぁドウゾ」
「はい、それでは遠慮なく」
 
 何されるんだろ、楽しみだなぁ。なんて笑う余裕の琉夏くんにちょっぴりムッとしながら
負けるものかとわたしは下ろしていた両手を持ち上げ、彼の首へと巻きつけた。

「ね、目を閉じて?」
「え?閉じるんだ。エッチめ」
「うるさい。言われた通りにするの」
「は~い」
「あ、それと膝も曲げて?」
「膝?どれくらい?」
「わたしの背と同じ高さになるまで」
「りょーかい」

 わたしに言われた通り、瞼をぴったりくっつけて膝を曲げる琉夏くんを確認してふふっと笑う。
 琉夏くん、悪戯される方なのに、なんでそんなに嬉しそうなんだろ。
 まるでプレゼントを待つ子供みたいな無邪気な笑顔。
 そんな彼の顔を見つめながら、わたしはときめきと緊張に胸を弾ませ、彼の耳元に唇を近づける。

 わたしが囁く言葉を聞いて、琉夏くんどんな顔をするだろう。
 びっくりするかな?それとも困っちゃうかな?

 ダメだった時は悪戯だよって誤魔化そう、うん。
 
 なんてちょっぴり後ろ向きな言い訳も用意しつつ、わたしは彼に悪戯をしかけるべく
彼の耳に最初の言葉を囁きかける。

「あのね、琉夏くん…」
 
 びっくりしても、困っても、ダメだったとしても
 琉夏くん、最後には笑ってくれると嬉しいな。
 
 





2010.11.01 『王子様なイタズラ天使』遅れちゃったけどトリックオアトリート! アキラ28号

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